フシギ君とヘンナ子ちゃん、募集!

寺子屋の妄想、じゃない、寺子屋の展望(!?)第2弾!

フシギ君とヘンナ子ちゃんを集めて、その才能を世に出したいっ!!!


不登校生ってさあ、ぶっちゃけた話し、フシギ君やらヘンナ子ちゃんやらが多いわけですよ。(あ、個性的であるとか、独自性があるといった意味です。差別的な感情はいっさいありません!!!)

フシギ君達には、発達障害とか、パーソナリティなんちゃらとか、いろいろ名前はつけられることもあるかもしれないけど、正直、その分類はあんまりアテにならない。それぞれのヘンぶりは度合いも種類も様々だから。でも共通しているのはどうも、「みんなと揃える」のが苦手ってこと。そのことに、「俺はこうなんだ」って開き直れる子と「どうしてできないんだろう」って悲しくなっちゃう子がいるんだけど、どちらもやっぱり「みんなとは違う」ってことを意識して暮らしつづけている。


私は、そういうフシギ君やらヘンナ子ちゃんやらが、昔から大好きだった。憧れていた、とさえ言っていいと思う。私は、大人ウケするいわゆる良い子ちゃんだったから余計に、周りの目など気にしないちょっと変わった子に近づきたくて仕方なかった。孤立しがちなヘンナ子ちゃんと割と仲良くなるのだが、彼女の画く絵、発する言葉にはいつも感動して、才能に嫉妬すら覚えた。



フツーに無事に生きて来た皆さんが、結構な大人になってからも「個性」探しに必死になっている昨今、フシギ君やヘンナ子ちゃん達は、誰に教えられたわけでもなくガッツリと「個性」を持っている。だからこそ、「みんな一緒」が鉄則の学校ってとこにはどうにも行けなくなってるんではないかしら。


「一つのものに対する抜群の知識」とか「あるスポーツにおける超人的なセンス」とか「寝食忘れるほどの集中力」とかっていうような才能をもってる人も多いのだけど、学校っていうステージからはずれちゃうと、自分にも他人にも見せる場所、発揮するステージが持てないよね。今の日本では、勉強もスポーツも他のアクティビティもやっぱり、「学校」が土台だから。そこに所属していないとどうにも動けない。


自分も他人も強烈な「個性」を知らないままで「ひきこもり」とか「ニート」なんていう分類に収めちゃったらもったいない。

学校ギライの寺子屋にそういうキョーレツな才能を持ったフシギ君やヘンナ子ちゃんがたくさん来てくれたらイイと思っている。あ、自分では何にもできないと思っている人も心配しなくていい。だって、「学校に行かない」って決めたってことはそれこそがある「個性」で、何かみんなと違うモノを持ってるって言うことだから。

で、寺子屋では教科の勉強もするけど、もっと、様々な分野のプロに来てもらって、自分の才能に気付いたり、より伸ばしたりすることができたら良いなと思う。それ以上に、ビジネスの世界の人々にもそんなフシギ君たちをじっくり見て、その才能を適材適所に使ってもらえたらいいのにと妄想してやまない。


例えば…ネットサーフィンを延々とやりつづけることができるヘンナ子ちゃんは、あなたの会社の新ロゴについて、世界中の商標登録や似たデザイン探しを簡単にやってのけるかもしれない。

サッカーの試合に出るのは苦手だけれど、ドリブルとリフティングが天才的に得意なフシギ君はスポーツ用品の開発チームに大きなヒントを与えてくれるかもしれない。


でこぼこがあるものは、上手く組み合わせれば標準以上の安定感を生む。


困っている大人たちに、「ああ、その才能だったらここにありますよ♡」と、若者の才能を繋げてあげられるようになりたいなあ。

才能を見つけてくれるひと、才能を伸ばしてくれるひと、募集してます。

それ以上にたくさんのヘンナ子ちゃんとフシギ君も。


それから、ちょっと困ったなあ…思いながらも、ヘンぶりフシギぶりを愛さずにいられないママたち、お茶飲みながら、今後の展望を一緒に考えましょうよ。


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不登校生とママのお手伝いをしたいと思っています

ママは不登校生ママのお茶会でリラックスと情報収集

こどもは学校ギライの寺子屋で勉強の楽しさを味わう。

ママも家族もシアワセになる方法を考えるデリバリーカウンセリング・コーチングを♪

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次回は 6月16日(水)13時ー15時   目黒にて

寺子屋とカフェは同会場別室で同時開催です → お申込み

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不登校生ママのお話聴きます うさぎの耳

どうやら,我が子は学校に行きたくないらしい と分かった時、 親は、この子にどうしてあげたらいいのだろうと必死で考え、支えようとします。 お気持ち、わかります。 お母さん、お父さん、自分のつらさは語ってはいけないのだと思っていませんか? 小さな声を聞き逃したくない「うさぎの耳」です。

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